誰もが聴いたことのあるであろう
あのメロディー、「ボレロ」
吹いてみました。
そして思うがまま色々な音を混ぜに混ぜて一つの
トラックを作ってみたが。
果たしてこれは完成なのだろうか。
演奏技術の未熟さはいつものことではあるので置いとくとしてベースに選んだトラックはこれでいいのだろうか。今回は試しに中国楽器の二胡のサンプルノートも使用してみた。バランスは上手くいったであろうか。
分からない。自分の耳では客観的判断出来づらいのだ。違和感ありありだが心地よいとも感じる。
ただあくまで自己評価なので採点はどうしても甘くなってしまう。
何が完成なのか。そもそも完成なんて出来るのか。満足出来る到達点とは?真のゴールはあるのか。音楽の頂とは?
終わりは?終焉は?根源は?
……と先程から哲学的な謎を見えない誰かに問いかける拗らせ中年の侘しさよ。
自分の道の理想形ならあの人だ。
エマニュエル・パユ氏。
恐らく一生かけても自分が到達できないであろうフルート界のエベレスト。神様である。
とはいえ、彼とて恐らくまだ「頂」には到達してないのではないか。まだこれくらいでは満足せず、さらなる高みを見据え日々研鑽なさってることであろう。想像上ではあるが。
結局「向上心」を失った人間は死人同然。
物理的に死ぬのなら仕方ない。そこまでの運命だと諦めがつくが、五体満足なのに歩みを止めてしまうのはいただけない。
と良くありがちなセリフを書いたところで、
歩むにしても道の方向性がよく分かっていない自分はどうすべきなのか。
徐々に分かってきた。色んな音楽を聴き過ぎた。色んな音楽を好きになり過ぎた。
だからジャンルを絞れない。一途で無い。浮気性。道が多すぎる。一つの道を歩きながらすぐ寄り道したくなる。「音楽迷子」こんな言葉があるとしたら自分がそうであろう。
ああ、魅力的な音楽が溢れすぎてまどわされる。一曲が完成する前に新しいサウンドに心を奪われ、中途半端。半端者にはいっぱしの仕事が出来るはずもない。いつも未完成。
言い訳、言い訳、言い訳。
保身、保身、保身。
繰り返してまた自分を許してしまう。
また中途半端にやってしまう。
ああ、音楽よ。
本物をいつか得たい。
ポエム、ポエム、ポエム。
いよいよ文章も語彙力も枯渇してきた。またこのパターンか。この駄文の「到達点」も見えなくなってきた。オチはどうしよう。思いつかない。文章の、ブログの終焉とは、根源とは…ってまた同じネタを繰り返すメタ要素も我ながら寒い。正解が見えん。
困った。
困ったらとりあえず歌おう。
カラオケで好きな洋楽でも。それで憂さ晴らし。
終わり。こんな終わり方でいいの?いいよ。
許されよ。
ボブ ディラン「風に吹かれて」
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