人の価値観は様々だ。十人十色千差万別。
と、頭では理解していても人は一生のうち、特定の価値観に縛られ生き抜く事が多い。
長年己が築き上げ、植え付けられた固定観念は中々崩し難い。
例えば大半の人間は、車や装飾、服といったファッションに重きを置き、自分を磨き上げて異性にアプローチを心掛けるであろう。人外にも見られる。極彩色の雉子が羽毛を広げ己が存在をアピールし、他者より自己保存の確率を上げる。雌をゲットする為にはなりふり構っていられない。
何が言いたいのかと言うと、僕の人生にはからきしそちら方面に無縁だったと言う事だ。ファッションやら一切興味を持つ機会も無く、それは現在進行形だ。その価値観に生き甲斐を見出せないまま一生を終える可能性もある。それはそれで寂しい事なのかもしれない。だから時折年配でもお洒落や外見に気を遣っている御仁に出会うと羨ましい。まだあの歳でも自分磨きに精を出していられる。本人にとっては当たり前の事であろうが、眩く感じてしまう。
ただ、あの日店に現れた老人のセンスは、予想の斜め上を突き抜けて四次元空間まで到達しようとしていた。人類未踏の領域で有ろう。
*お洒落爺さんの感性。
何ヶ月か前のコンビニでの夜勤勤務中の事だ。その老人は現れた。多少うろ覚えではあるがこの様な出で立ちだ。
歳は60〜70代くらい。真夜中にサングラス。白い帽子。ピンクとオレンジやら暖色系の似つかわしくない服装。自転車を自動ドア前に止め、暫しボーッと店の中を眺めていて、中々店に入って来ない。
不審者。
まごう事無き。
一見してきっと誰でもそう思うであろう。
えっ、まさか強盗?店の隙を伺ってるのか?そんな不安がよぎりました。とはいえ、あの歳なら、何とかなるだろう。だが刃物とか所持の可能性もあるし念には念を…と僕はレジ内の死角に「武器」をセッティング。大したものではない。店内ブラッシング用のモップから、モップを外した棒だけの部分。包丁ぐらいまでならコレで対抗してやる…できれば棒の先を鋭利に尖らせて梶原流の
「屍」を塗りたいが……と物騒な妄想に更けてたら、遂に奴が動きました。
店に入ってくるとジャラジャラとした音。よくヤンキー系のお客様が財布につけているチェーンか?…
とよく見たらカラフルなプラスチック系のクリップが幾重にも重なったチェーン。それも一本では無い。
ピンク、青、黄色、オレンジ、黒…覚えているのはこれくらい。その束がジャラジャラと、ズボンのベルトと爺さんの手持ちのカバンを繋いでいる。
いよいよもって不信感は更に高まり、緊張も増す。ヤバい。只者ではない。本能が訴える。なんだこのカラフルなお爺さんは。しかもこんな夜中に。誰に見せつけたいと言うのか。理解不能、
そしてついに奴が言葉を発した。
異星人とのコミュニケーションにも匹敵するファーストコンタクトに我がチキンハートは耐え得るのか!!
奴はガムコーナーの上部を指差し、
「兄さん、これ、煙草入るかな?」と。
へ?
煙草???
奴が差しているのは、フリスクネオ。 意味 不明
「兄さん、これ煙草入れにいいと思わない」
僕「え、え??ど、どう言う事ですか?」
「だからさ、この箱中身を空にした後、煙草入れに使ったらさ、
お洒落でしょ? 僕の吸っている煙草、ちゃんと綺麗に詰め込められるかな?」
「は、はあ……」
いや、
知 ら ん が な
「ど、どうでしょうね…?タバコを入れる前提で作られてないと思いますので、
ちょっと僕には分かりかねますね〜この店にはあまりお客様の求めているようなもの無さげですね。例えばドンキとかならひょっとして…」
「そっか〜ドンキホーテならもっと良いのありそうだね〜今から間に合うかな?」
「午前5時には閉まりますので、今から自転車で急げばギリギリ間に合うかも…」
「そっか〜そうしようかな…僕は〇〇から病院に薬を取りに来たんですよ。もう疲れてしまって…」
「あー、それは大変ですねー(棒)あ、いいのですか?ドンキ閉まっちゃいますよ?」
「あ、そっか〜、兄さん御免ね。お仕事の邪魔して。ありがとう」
そんな会話を暫く続け、で半ば誘導するかのように奴を追い出す事に成功しました。
…と思ったら、暫くまだ奴はボーッと店外で自転車にまたがったまま。
五分程。そしていつの間にやら消え去りました。
悪い人ではなく安心はしましたが…
予想の斜め上どころではない邂逅。
どっと精神的に疲れました。
どのような思考回路でそのような考えに至るのか。
正に異文化コミュニケーション。
実に風変わりなご老人でした。
人の価値観は様々。
とはいえこの様に時には地面からから矢を射られるような
ぶっ飛んだ感性の人に出会うもの。
時には己の固定観念を揺るがし、別世界の扉を開くのも
悪く無い気がしませんか?
僕は遠慮しときます(笑)